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きょうのエスキス

静かにじんわりと、日々の振り返り。自分のための。B面。

オトナの学校

今日は学校の日。『計画』の講義は、プロジェクトマネジメントについてで、新傾向問題の対策が中心でしたが、とても興味深い内容でした。近年、建築の巨大化・専門化により、意思疎通が図りづらくなってきたためとのことでした。じつは、このブログにこうなってほしいなぁと思ったことを書いておくと、思わぬところから間接的に情報が入ってくるようになりました。勉強をするときは、反復練習が大事だと教わったのですが、知識を定着させるってことは、こういうことなのかと、このブログから始まる出来事で体感し、納得できました。

さらに『競争の戦略』の投稿を書いていたときに自分のなかでもやもやしてたことが、この動画を観て、吹っ切れました。ワクワクしたので、共有させてください。
これは必見!!武井 壮 『大人の育て方』オトナの学校
https://youtu.be/Hu04hotzdAM

逆説の日本史

建築史の実例を覚えていくなかで、井沢元彦さんの『逆説の日本史』を知り、興味深くなりました。その本によると、奈良時代の寺は、宗教の拠点というよりは、当時の最先端の学問や技術を学ぶ、むしろ大学のようなものだったそうです。唐招提寺金堂、東大寺正倉院… そのような視点で奈良時代の寺を見直してみるのも面白いと思いますよと、先生からもアドバイスがありました。

【逆説の日本史】
小学館週刊ポストに掲載されたものを、現在 江戸時代まで14刊 発刊している。
【この本のポイント】
① 現在の歴史は史料至上主義であり、史料に書かれていないことは無いことになる。歴史にその当時の人の考え方や宗教感を入れ、考えてみる。
② 歴史家が専門的になりすぎることにより、各時代を通して歴史の流れを見ることが少なくなっているのではないか。
③ 歴史のIFを考え、もしもこの時こうしたらこうなると言うように仮説を立て、逆説的な真理を導く。

歴史の教科書は、人間が作ることだから… いつの時代も人間の本質はきっと変わらないと思うので、自分たちに都合の良いように書き換えられている、改ざんされている可能性もあるかもしれませんね。文庫本を読んでみたくなりました。建築史の勉強も時代考証をしながら、全体の流れで覚えていくとよいのかもしれません。

競争の戦略

久しぶりの更新となりました。土曜にOWTの勉強会がありました。それから今までしばらく考えをめぐらせていました。今回は、マイケル・ポーター教授の「競争の戦略」を解説するカタチで、進んでいきました。難解そうな内容でしたが、企業を自分に置き換えて考えてみると、たくさんの気づきがありました。自分の都合のいいように、解釈している可能性もありますがね。新年度を迎え、まわりの状況が変化していることもあり、「変えられるものを変える勇気、変えられないものを受け入れる冷静さ、それを見分ける知恵」の大切さをとにかく痛感したんです。

「性別や年齢、他者や社会のせいにしているのは、思考が停止しているからだ。そんなのは生きていないのと同じだ。」とある方からの図星の一言に、いい意味で心を砕かれました。これは進路を再確認する機会だと思い、深く掘り下げてみました。一級建築士のように、腕に職・脳に職をつけ、社会のなかで「職」に軸足を置き、自らで社会に働きかける「就職」。会社という船の乗組員になり、チームの目標をチームで達成する、社会のなかで「組織」に軸足を置く「就社」(山田ズーニーさんの定義)。私はこれからどちらに舵を切ればよいのかと。

みなさんの考え方を聞いていると、世の中にはいろいろな評価軸があるのだなぁと思いました。私には大したことがないと思うことでも、他者にとっては大事なことかもしれないなと。その人が大事にしている軸を尊重できればいいなぁと思いました。進路の話をしてきましたが、一方で、競争力が弱くても、それに見合ったキャリアパスがあって、健康で文化的な生活が得られるという退路があっても良いなぁとも思っています。

「人は人ですから。いろんな方からいろんな意見が聞けることに感謝しましょう。たくさんの方々から意見が集まると、さらに自分を高められるでしょうね。期待しております。」と発表者の方からも温かいメッセージをいただきました。さらに、「今のお仕事は、建築デザインですか?「佐藤オオキ」を読むと、いろいろ気づきがあると思います。ぜひ読んでください。」と。さっそく調べてみると、佐藤さんの圧倒的な言葉にシビれました。「プロであればあるほど、自分が「プロ」であることを捨てれるかどうか」。佐藤さんの考え方をもっと知りたい、新しい世界を増やしたいと思いました。みなさん、本当にありがとうございました。

あと100日

ついに、一級建築士の学科試験まで、あと100日となりました。ホームで電車を待っていると、桜の花びらがひらひら舞い降りてきて、試験日が迫ってきたのをひしひしと感じています。それと並行して、今日の仕事で向かう塾でも、受験ムードが漂ってきました。中学への内部進学のテストが3回にわたってあり、その第1回目が6月初旬に控えているので、塾生さんたちも夜遅くまで残って、勉強をしているのです。地道にコツコツと勉強する塾生さんを近くで見ているからこそ、私も今までスランプだと言い訳せずに、続けてこれたのだと思います。


今日はお出かけモードの陽気なので、ネットで建物探訪をしたいと思います。「計画」で毎年4,5問出題される建築史・実例の暗記です。苦手分野から取り組んでいたので、まだ手をつけていませんでした。建築が好きな人にとっては、一番興味が持てて、取り組みやすい分野なのですが、建築物が膨大にあるため、何が出題されかわからず、点数に直接結びつきにくい分野でもあります。ですが、過去問を暗記することで、消去法によって、正解を導き出すことは可能です。そこで、過去問に出ていた建物の特徴を、実際の写真を見て覚えることにしました。では、行ってきます♬

今年も読んだ式辞

今日は暖かくなったので、一駅分歩いて、お気に入りである、官庁街のスタバに入りました。今年に入って初めて、約3ヶ月ぶりになります。去年の夏あたりからブログを書いたり、勉強を始めたのもこの場所からでした。ここには挨拶を交わすようになった、なじみの店員さんがいるのですが、その方とも再会することができました。「お久しぶりです。元気そうで良かったです。」と私の顔を見て、声をかけて下さいました。みんな本当にやさしいなぁ。環境が変わると、勉強もやる気がわいてきますね。

今年も、京都市立芸大の鷲田 清一学長の式辞を読みました。生き方、勉強の本質を考えさせられます。何度も読み返したいと思います。
いまわたしたちが回復しなければならないのは,社会が提供してくれるサーヴィスをうまく「消費する」テクニックではなくて,「いのちの世話」を人びとが協力してなす技です。「消費」ではなく,自分たちの手で「つくる」ということです。「つくる」ことの技です。』(引用)

アドバンテージを積み上げる

今日は設計事務所に行く日です。塾の仕事もですが、基本的に女性がいないため、世間話などはほとんどなく、進捗状況を伝える程度です。そのため、サービス精神で、自分を変に下げることなく、過ごせています。本来はコミュニケーションが苦手だった私も、社会人になり、人並みにどうにかこうにかできるようになり、今では人前で話すことがむしろ好きなくらいにまでなりました。振り返ってみると、仕事上で信頼関係を築くのに、男性だったらもっとスムーズだっただろうなと思うことも多々ありました。男性が大黒柱だという価値観も、根強く残っているようで、「業績が上がらない時は、家庭を持っているから、助けてあげてね」と言われた時は、優遇されているなぁとビックリしたものです。まぁ会社に対して、私が中途半端な関わり方をしているからかもしれないですがね。逆の立場で考えると、男性のプレッシャーも半端ないなぁと思われます。

先日、高齢社会の住まいをテーマにしたシンポジウムのなかでも、将来的に社会的弱者になるのは、今の私のような状況(未婚)だと聞き、ゾクっとしました。直接的な表現ではなく、まるで「サライ」を歌っているかのようでしたが。こういうふうに、権威のある先生方がおっしゃると、ますます先入観を持たれるんじゃないかという危機感があります。「結婚した方が社会保障制度も整ってるし、有利な立場で気楽だよ。」という友人もいます。今のままじゃダメ、負けないで!と言われているようにも思えてくるのですが、自分の気持ちに正直になると、やはり今までの選択がベストなのです。少数派=弱者?高齢者像がむかしと比べると、ズレてきているように、役割も変化していくんじゃないかと思っています。そうなると、まず私が進化しなくちゃなと思ったわけです。こんな人が社会に溶け込んでいてもいいじゃないですか笑 

さて、今取り組んでいる仕事は、改築工事の現況図面の作成です。新築時の図面はたいていが手書きのため、それをトレースする作業をしています。その時に気を付けていることは、ただ書くだけではなく、ググりながら、わからない部分の理解を深めていくことです。さらにありがたいことに、日建設計さんの監理技術のノウハウが無料で公開されるようになりました。
以前なら考えられなかったことです。今までの積み重ねがない分、愚直に努力するしかありません。一級建築士の勉強においても、限られた時間しかないので、質を高めることを意識していきたいと思っています。今日は現実から逃げずに、ちょっと本音を書いてみました。あくまでも私の主観です。

根津のたいやき

勉強していると、甘いものがほしくなるのですが、「根津のたいやき」をふと思い出しました。集中力が切れると、あるキーワードから私の頭の中で連想ゲームが始まります。そこからの私の思考回路はこんな感じです。今月から東京に行かれた方がいるのですが、そこから昔行った谷根千を思い出し、その人との共通項はなんだろう?という具合に。そして、今まで食べた「たいやき」の中でも、洗練された技と下町の親しみやすさ、薄皮のサクサク感としっとりとしたもっちり感が共存していたなぁ。あぁ、よかったなぁと回想モードに入り、懐かしさに浸る(笑)

そんなふわふわした私に、ウラ指導の先生から忠告するかのような言葉が。「普段からコミュニケーション力を鍛えていきましょう。ホームページ上に掲載している説明文などに目を通す際には、私たちが伝えたい内容を丁寧にくみ取る癖をつけて欲しいと願います。ぶっちゃけ、それが出来ない受講生ほど、どんなに猛勉強した所で合格できません。本番で、出題者の意図をくみ取れないため、実力を発揮できないからです。特に、講義など受講している際に、頭の中で別のことを考えてしまうような癖がある方は,この試験に合格するまでは、性格を変えてください。それは、コミュニケーション力の低さの現れでもありますので。」

意識をしていないと、視点が自分中心にどんどん広がっていくのです。つまり、他者の視点がなくなるのです。たしか、その方にも、「僕の妄想を見ているのですか?」と言われたことがあるなぁと。「根津のたいやき」で名札付けしてますからね。これを読んで納得しました。この想像力はもしかしたら、現実を直視しないための処世術かもしれません。また、アイデアを出すことにおいては長所であっても、受験のような受け手側になる場合には、特に自覚しておく必要がありますね。このブログは、自分の思考のクセを知り、それをニュートラルにするためのツールだなぁと。締めは「根津のたいやき」の存在を教えて下さったこの方で。よし、退路を絶って、「法規」の宿題にとりかかろう!