きょうのエスキス

一級建築士試験、R2学科復活合格。製図が鬼門。R3は自分に負けない年にする!じんわり日々の振り返り。

「だから荒野」で見えた道

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今年は「だから荒野」の最終話を観ながら、誕生日を迎えました。NHKBSプレミアムドラマで、今までにも「昨夜のカレー、明日のパン」「珈琲屋の人々」… 直近の「受験のシンデレラ」など、誠実で見応えのある作品が多くて好きなんですが、この作品には歳を重ねたからこそ、味わえる世界観がありました。

ざっとあらすじですが…

「専業主婦の森村朋美は46歳の誕生日の夜に、家族をディナーに誘う。しかし、高校生の次男・優太はドタキャン。夫の浩光はママタクならば行くと言い、大学生の長男・健太と3人、朋美の運転で向かうことに。現地に着けば、朋美が予約したレストランの料理をけなし、さらに「誰もお前のことなんか見てないよ」と。(浩光は朋美に「社会では通用しない」と口グセのように言っている)身勝手な行動に愛想を尽かした朋美は、その場を立ち去り、家族を置いて車で家出をする。

行くあてがないまま、福岡に住む朋美の親友・知佐子に誘われ、ひたすら高速道路で車を西へ走らせたが、道中で夫・宏光の浮気が発覚したり、トラック運転手に迫られたり、揚げ句の果てに車を乗り逃げされるなど、様々な出来事と遭遇。

途方に暮れ困った朋美は、ヒッチハイクで長崎に行くことにする。そこで車に乗せてくれたのは、青年・亀田章吾と老人・山岡の2人連れだった。かつて原爆によって荒野となってしまった町で、様々な人と巡り合い、朋美は自分の心の中にある“荒野”に気付き、再生への道を模索し始める。」

登場人物たちそれぞれの心の中にある“荒野”を一緒に歩んでいるようなロードムービーでした。荒れている他者の心の痛みを、自分自身とも重ね合わせながら、観終えました。終着点はドラマと同じく、まだはっきりとわかりませんが、今日からゆっくりと“沃野”にしていき、生きる実感を味わっていきたいと思いました。身軽になった今は、お気に入りの道を歩いたり、好きな音楽を聴いたり、好きな人たちのことを考えたりと、意外とその方法はシンプルだったりするのですが。余談ですが、家族と距離を置くために、車を逃げ場にし、家で車中泊をしていた友人のことを思い出しました。地域コミュニティがあると、そこから離れるには、ある程度の物理的な距離も必要なのかなぁと考えてしまいました。大きな絆は一歩間違えると、押しつけがましくもなり、生きづらくなってしまうのだなと。

この作品を通して「違い」をどう受け入れるかが、私にとってのテーマになりました。さまざまな思いが交錯する渦の中で、登場人物たちは暮らしています。善人、悪人と安直に判断することもできません。そして、全員に共通する「常識」「価値観」も見当たらないのです。これってすごく大切だなと。同調圧力が苦手なものでなおさら… 日常的に「違い」を実感している人たちに対しては、そのうえで関係性を築こうとするのに、近しい間柄であるほど難しいものですね。

女子会が苦手なのも、「(同性だし)わかるよね」と当たり前のように共感を求めてくるからだとわかってしまいました。(逆に自分もそうしてしまっていました。ごめんなさい。)だから、異性と話している方が気楽なんだと。思春期はずいぶんと前に通り過ぎましたからね。今いる環境も多様性に富んでいるのですが、だからこそ主人公のように、何事にも抗わず、本物で、正直で、それ以外のものにはなろうとしない、「自分なりの美学」を追究していきたいなと思いました。自由って、年齢によって、経験によって、変わってくるのかもしれませんね。なんかゆるゆるな構成になってしまいましたが、ま、いっか。見切り発車、バンザイ!!

ことばを紡いでみたら

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「ことばで伝えることには限界がある」

と思ってあきらめていました。 

たとえば、共感してもらいたいのに

感動しても「すごい」という言葉しか出てこなくて

感覚的な表現になってしまうのです。

いつもそんな感じなので

自分の気持ちを相手にうまく伝えられない時や

相手にわかってほしいけど

わかってもらえないような時も多く

意外にダメージを受けているような

気がしていました。

そして、そういう時は自分のなかにある

熱量とか感情を

相手に押しつけがちになってしまい

かえって自ら関係にヒビを入れてしまったり

自分の言ったことばを後悔しても

時すでに遅しな状態になったり…

どんな時でも「冷静でいること」が大切

なのだとわかっているのですが

常に動き変化しているなかで

冷静でいることはなかなか難しいですね。

だからこそ、日記やブログ、ツイッター

自分のこのもやもやはいったい何か

ということをうまく言語化できたら

どんなに癒しになるだろうなぁと。

試しにこっそりとやってみましたが

初めはことば選びに時間がかかりました。

しかし、考え感じつくすことで

感情は過去のものとなり

握りしめてきた思いをスパーンと

手放すことができ、びっくりしました。

ことばを紡ぐのはむずかしいですが、

楽しい作業でもありますね。

書いた自分も、読むひとも、こころのどこかで

つながって、新しいなにかを発見できる

といいなぁと思いました。


今年の初旬に投稿したブログを振り返ってみました。サラッと直感で書いた文章の方がウケるのに、どうして考えを長々と、こんな恥ずかしいものをあえて公開するんだろうと自分で思いながらも、だんだん習慣化してきました。いろいろ試してみましたが、メモ書きするだけでは達成感がなく、長続きしないので、私にとってはこの方法がベストかなと。言語化するために、考えをひねり出しているうちに、自意識に出てくる期待や不安など、いろんな感情を手放せるのがとても気持ちいいのです。それに、自分の思考パターンが見えてきて、常識を疑ったり、新たな考えも浮かんできます。そのまま想像力をふくらませていくと、今までの慣れ親しんだ考えの向こう側に行ける感じになります。

今までは悩みがあると、友人に相談していました。しかし、友人に相談すると、相手の考えに流されてしまったり、自信をなくしガッカリすることばかりでした。答えはすでに自分の中にぼんやりあることが多く、それを引き出してもらい、後押ししてほしいだけだったのです。そんな私にとっては、ひとりの時間を持ち、立ち止まって考え、気持ちを整理することは大切なプロセスだったのです。今も珈琲を飲みながら、ゆったりと。この週末に書いた2つの記事をFacebookにも投稿し、一区切りがつきました。今週によいカタチで、また一つ歳を重ねられそうです。これからもお世話になります。引き続きよろしくお願いします。

ゆるくまとまる

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今通っている塾の教室長との出会いで、価値観がガラリと変わりました。ゆるさ加減がとても居心地良く、安心できるのです。中学受験というと、塾生さんは必勝のハチマキをして、仲間はライバルだと、ひとりで踏ん張ってがんばっている印象がありました。しかし、この塾の集団クラスを観ていると、たくさんの子どもたちがいる大家族、教室はまるでリビングのようです。授業は先生と塾生さんとの対話形式で進んでいき、たまに冗談を言い合っては、とにかくよく笑っています。塾生さんからの質問攻めに、かなりの知識量のある先生方も、授業中にネットで調べものをしなければならないくらいです。塾生さんの自主性を大切にしているんだなぁと学ぶことも多く、映画「みんなの学校」を思い出しました。

 

 

この塾の運営はまるで商店のようです。先生方はそれぞれマイペースだし、マニュアルもありません。自分たちで考え、小まめに対応する。そんな場所だから、私も通い続けているんだと思います。今だから話せるのですが、教室長が指示する場面が少なく、放置状態だったので、初めのうちは責任者としてどうかな?と正直思っていました。しかし、役割が曖昧だからこそ、誰もがある時はリーダーシップを、ある時はフォロワーシップもとれるようになっていくのだなぁとすぐにわかりました。表面上の言動や態度だけではないのだなと。主体的に関わっていけるように、遠くから見守ってくれていたのです。ミスがあっても、淡々としているので、動揺せずに、次のことに進めます。こんなことはよほど相手を信頼していないとできないことです。

「テレビを見ずに、勉強している受験生に、出題者側は意表を突いて、こんな問題を出しました。2000年の主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)の為に作られたイメージソングは、誰が歌ってたか答えなさい。ヒント…作詞・作曲は小室哲哉。わかるかな?」朴訥とした教室長は、たまにお茶目になるときがあり、隙があるというか…そのギャップがとても癒しになっています。私も一緒に考えちゃいました。Q.安室 奈美恵(「NEVER  END」)喜怒哀楽もすぐ顔に出てしまうので、裏表がないのも、安心できる要素かもしれません。これは設計事務所の所長にも共通しています。これからはゆるく完成度を追究していくのが大事かなと思いました。自分にも他者にもやさしく。みなさんと関わっていくなかで、落とし所を見つけていきます。静かにじんわりと。

今日からはまるっとね

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「今日からは、女だからと境界線を引かないで、自分の気持ちに正直に挑戦する毎日にしていきましょう。」by 東堂先生(とと姉ちゃん

MISIAの「BELIEVE」を聴いて移動中です。この曲は、建築の学校に行き始め、都市計画のコンサルタント会社に再就職したときに、FM802のヘビーローテーションでかかっていた曲です。愛してる、それだけで、こんなにも強くなる〜♪♪ 思い出を振り返るとき、その時の風景と音楽がセットになって再生されるのですが、今またその時と同じような仕事をしていて、なんやかんやありながらも、ここに戻ってきたんだなと感慨深いものがあります。

ちなみに、この年の夏は、高校時代の親友が声をかけてくれて、FM802の「MEET  THE  WORLD  BEAT」に行ったり、富士山に登ったりしました。おかげで、OL時代にくたびれていたのがウソのように、元気になりました。「MEET  THE  WORLD  BEAT」は万博記念公園で行われる毎年恒例の野外ライブですが、当時の出演メンバーがとにかく豪華で、にぎやかだったなぁ。the brilliant green、TRYCERATOPS、スガシカオユースケ・サンタマリアエレファントカシマシ、ゆず、THE BOOMJAYWALKスピッツ… 

当時と一見似たような状況でも、けっして振り出しに戻ったわけではありません。仕事をする場が製図台からパソコンのあるデスクになり、A1用紙の図面折りや製本の作業が必要でなくなるという、目に見えた変化も当然ありますが。意識が広がり、見える景色はずいぶんと変わりました。あのときは仕事などの忙しさを理由に、感じたり、考えたりすることから逃げていました。自信のなさを仕事で穴埋めしていたという方がしっくりくるかもしれません。しかも、自分の支えとなっていたはずの仕事ですらも、スイッチをオンにし、踏ん張って、なんとかがんばっていました。怒られないようにしないといけないといつもビビっていました。無理をするから、とにかくものすごく疲れて、ヘトヘトでした。

最近、後づけで「できる人」になっていただけで、本来はスポット型なんだと、視野がかなり狭いのだと認めることにしました。良く言うと、突出しているものがあるということなんですが、私の場合はそれが「模倣」だったようです。だから、社会のなかで生きていくために、他者にスポットが当たるほど、ひとや環境に影響を受け、自分らしさを見失っていたのだなと。そして、ほめてもらいたい、喜んでもらいたいと思う気持ちが「できる人」のふりをさらに加速させていたのだなと。そんな自分をまるっと受け入れて、踏ん張る力をゆるめたら、なんだかわかりませんが、うまくいくようになってきたのです。興味のあることに深くのめり込む、その特性を活かせるのが、建築の仕事なんだと。とにかく製図台に向かっている先輩たちが、まるで芸術家のように、自由に、のびのびとしていて、カッコよかったなぁとその時の記憶が蘇ってきました。

今はというと、週3回しか出勤せず、まわりがどんなに忙しくても定時で帰り、サービス精神でこちらから話しかけることもせず、自分のやりたいようにやっているんですが、なぜか可愛がられ、仕事もどんどん回してもらえるようになってきました。先週からは事務所が初めて単独(通常は組合から仕事を受注している)で設計する、公立中学校の体育館の改修工事の現況図面を書かせてもらっています。新築工事図面が古くて、解読するのに一苦労ですが、上から(平面図)、横から(立面図)、輪切りにした状態から(断面図)、多観点化ができて、おもしろいです。仕事は大変だと信じこんでいた私は、もう本当に目から鱗です。そして、どこに行っても、なにげなく放った言葉をみんなは笑っている。どういうことだ!?正直さって今をよりよく楽しむ秘訣ですね。相手から観た世界、創り出したものはどうしようもない。もう好きにしてください。私も好きにしますから(笑)それは愉快だ。人生はおもしろい。

かいけつゾロリのきょうふのバイク

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夏休みも終わりに近づいてきました。初夏に塾と設計事務所を往き来するようになってから、まわりの影響もあってか、穏やかでありながらも、冒険心をくすぐられる日々を過ごせています。子どもたちと授業で関われたことが何よりも大きいのだと思います。盆休み明けにサポートをした小1の国語の授業での出来事。塾生Sくんがメモ帳サイズの手づくりの絵本を持ってやってきました。「見て、みて~」と私を呼ぶので、近寄ってみると、「かいけつゾロリのきょうふのバイク」とタイトルが書かれてあり、キツネらしき主人公も色鉛筆で描かれてありました。「(腕を組み、ドヤ顔で)前編と後編の大作やねん。すごいやろ。絵本を作る人ってなんていうんやったっけ?」とすごく嬉しそうにこちらを見つめてきました。もうすぐ授業が始まるし、興奮させてしまったら、集中力が途切れるだろうなぁと思いつつも、家族だけじゃなくて、きっといろんな人に見てもらいたいんだろうし、その気持ちにフタをさせちゃいけないなぁ… 私にもこんな頃があったんだろうなぁ…と話を聴くことにしました。すると、いたずらっ子のようにニヤリと笑ったのです。えっ!とビックリしたのですが、どうやら絵本の世界に入っていたようです。「かいけつゾロリ」ってシリーズ化されているんですね。ストーリーは…

擬人化された動物が暮らす異世界で、キツネのゾロリはブタのポイポイ(ほうれんそうマン)をやっつけて、「第二のゾロリ城と綺麗なお嫁さんを見つけていたずらの王者として全世界に君臨する」と言う野望を抱いていたのだがことごとく失敗、自らを鍛え直すために根城のゾロリ城を離れいたずら修行の旅に出る。旅の途中、ゾロリは双子のイノシシである山賊のイシシとノシシと出会い、彼らを子分にして更に流浪の旅を続ける。この三馬鹿は修行の旅をしながら行く先々で活躍するのだが、毎回いたずらと言う名の犯罪行為を働き、一般市民を敵に回し指名手配までされ、それでも自分の夢に向かって進み、時には善行を行い旅を続ける。〈ピクシブ百科事典

なお、キツネはスペイン語で "zorro" であり、「かいけつゾロリ」というタイトルは怪傑ゾロ (The Mark of Zorro) に由来すると作者が公言している。〈Wikipedia


そして、「このニヤリ顔、私もしてる!」と気づいたのです。このブログのタイトル『きょうのエスキス』にもあるように、エスキスに挑戦している、まさにそのときです。エスキスは下書きを意味するのですが、自分の考えを形にして描いたり、描きながら考えをまとめたりする、設計の第一段階でもあります。絵・図になるのか、文章になるのか、造形は様々ですが、根底に悲喜こもごも、笑いあり、涙ありの、人間味溢れる、滑稽さ、おもしろさを求めているのだなぁと。

授業が始まっても、Sくんは窓越しに見えるタワーマンションを相手に、「あの30万階の怪物をやっつけないと!トリャー。」と大きな声とアクションは増す一方でした。そこで、私は「Sくんの声が聞こえないよ。絵本の世界にワープして帰ってこれなくなっちゃったのかな?」と声をかけてみました。すると、Sくんは「今ここにいるよ。ねえ、聞こえてる?」と少し焦った様子で、私の足をポンポンと叩いてきました。(Sくん、驚かせてしまってゴメンね)「あっ、聞こえてきたわ。よかったー。」と再び声をかけると、Sくんは和らいだ表情になり、なんとか授業を終えることができました。ユーモアで眼差しを変える!ですね。これでよかったのかと考える毎日ですが、とても勉強になっています。

最近、なるべくたくさん歩くようにしているのですが、そういえばブラブラするとき、交差点で左に曲がることが多いなぁと。今まであまり意識したことがなかったのですが、左曲がりと右曲がりを調べてみると、大人向けのお化け屋敷は左曲がりの角が多いようです。一方の子供向けは、右回りのルートを辿るものが多いようです。居心地の良さより、ついつい「怖さ」を求めてしまうのでしょうか?こういう心理を醸し出す空間、仕掛けが気になって仕方がありません。ひとの活動する仕方をもっともっと初源的に落とし込んでいこう。ちなみに、私にとっても、バイクや車の運転は「きょうふ」です。おもしろさとこわさは紙一重。それは奇妙だ。人生はおもしろい。

セトウツミと堺

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ついに「セトウツミ」を観てきました。見終わった後にジワジワきています。小さなささくれが癒えていくような感じでしょうか?絶妙な「間」とウィットに富んだ「言葉」で成立していた作品でした。瀬戸くんと内海くんの関係がとにかく微笑ましくて、うらやましい。瀬戸くんは内海くんに「どうしたん?」と言わせるような話し方をするフシがあり、それに冷静に応える内海くんとの対比も面白く、思わず嫉妬してしまうくらいでした(笑)私は単純直感型である瀬戸くんの虜になり、感情移入しましたが、思考するとき、頭の中にこの二人がいたら最強だろうなぁ、飽きないだろうなぁと。

瀬戸くんのユーモアと内海くんのクールさが調和した感じが、ラボカフェでの詩人・谷川俊太郎さんと理論物理学者・橋本幸士さんとの対談での空気感にも似ている感じがしました。さらに、塾で国語と算数の言葉や記号を、小学生にわかる表現で説明しようと、自分なりに想像力を働かせたとき、文系と理系を融合した領域が建築で、この作品もそうですが、(内海くんの表現だとおそらく)ベクトルの違う、(瀬戸くんの表現だと)方向性の違う両者がめぐり合う世界観が好きだと気づいたのです。「建築」と言っても、デザイン、材料、工法といった直接的な分野だけでなく、歴史や哲学、さらには環境や自然科学まで、分野が広く、興味が尽きないのです。

話が脱線しましたが、この作品は、観る側の価値観や世界観によって、まったく与える印象が違ってくると思います。瀬戸くん目線か内海くん目線かでも。じつは、私は高校時代をモデルとなった、まさにその場所で過ごしたので、思い入れが深いです。瀬戸くんのおかんとおとんの関係性を「ええやん。」と内海くんが肯定するのを観たとき、時空を超えて、まるで自分の家族をも受け入れてもらえたかのような安心感がありました。入院しているばーちゃんを探して徘徊している瀬戸くんのじーちゃんとばったり会ったとき、それをきちんと受け入れている二人を見て、地域で生きるってこういうことだなぁとしみじみ感じました。ヤンキーの鳴山くん、美少女の樫村さん、大道芸人、鳴山のおやじさん、ミーニャン… ゆるいつながりもよかったです。「夏休みが終われへんかったらいいのになあ。」内海くんの台詞、本当に奥が深いです。って、私の頭の中がダダ漏れですね。気づきがあると、他の人にもシェアしたくなり、ケースワーカーをしていたときの職場の先輩にもこの話をついさっきまでしていた次第です。人生はおもしろい。

さようなら、こんにちは

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今年のお盆は、私にとって特別な時間となりました。旅立ちは新たな始まりなんだと。お盆に入り、お墓参りの準備をしていると、町内放送が流れて、妹がこちらに駆け寄ってきました。「マサエさん、亡くなったんやね。」小学生の頃、不登校だった時、よく家に遊びに来てくれて、温かく接してくれたのが、マサエさんでした。祖父母が亡くなってからは、お付き合いがなくなったものの、たまに思い出すことがありました。あれから30年経ち、マサエさんは102歳になっていました。わが町では町内にお墓があるので、お墓参りが身近なものになっています。高齢者の方が多く、みなさんと生活リズムが違うからか、町内の人と挨拶を交わすのがお墓というシチュエーションも多いです。だからか「死」はお別れではない感じがしていました。

じつは、マサエさんの言葉は、私だけでなく、祖母にとっても生きる励みになっていました。わが町は身内にはとてもやさしいのですが、閉鎖的でもあり、よそ者に対して相当厳しかったのです。母によると、長崎から出てきた祖母も、母家(おもや)から「どこの馬の骨かわからんモンが…」とよく言われていたようです。それでも、祖母があっけらかんとしていて、大らかだったのは、マサエさんの存在が大きかったんだと思います。私にとっても、おばあちゃんの知恵袋的な存在で、学校で窮屈に過ごすより何倍も楽しい時間でした。

昨日の朝、香典を渡しに、初めてマサエさんの家に伺いました。マサエさんの家は、歩いていくには距離があるので、自転車で行ったのですが、シルバーカーを押しながら、来てくれていたことを想像すると、それだけで込み上げてくるものがあります。ご家族に会うのは初めてで、受け入れてもらえるだろうかと一瞬不安が頭によぎりましたが、マサエさんへの感謝の気持ちを伝えたいとインターホンを押しました。すると、マサエさんのお嫁さんが出てきて、ニッコリ笑って迎い入れて下さいました。「まさちゃん(母)とこの… ?まぁ、中に入って」居間に通してもらうと、遺影写真が飾られてあり、引き寄せられるように向かうと、小学生の時に見た、マサエさんの姿そのものが、そこにはありました。マサエさんを近くに感じ、お嫁さんがいる状況を忘れて、思わず「うれしい」と口走ってしまいました。しかし、お嫁さんにもその思いは伝わったようで、「ありがとうね」と応えて下さいました。

さらに、お嫁さんは初対面の私にお茶まで出して下さり、最近までのマサエさんの様子を教えて下さいました。6年前から近くの病院で過ごしていたこと… 町内の人の話をよくしていたこと… 以前よりも少し痩せたが、自分の歯が残っているからか、表情が良く、最期まで若く見えていたこと… 遠くの親戚よりも近くの他人と言っていた祖母を思い出し、熱いものを感じました。私もマサエさんとの思い出を自然と話していました。家にお菓子を持ってよく遊びに来てくれていたこと…「よそ者」で肩身が狭かった祖母を勇気づけてくれたこと… すると、「そんなふうに思ってくれてたんやね。じつは、お母さん(マサエさん)があちこちの家に一緒に連れて行ってくれてね。私もお嫁に来たとき、近所の方たちといろいろあったから、よくわかるわ。話が聞けてよかった。」と。私たちのこころの距離も縮まった感じがしました。最期までいのちを全うすると、看取る人々の心の中に、大きな存在となって永遠に息づくのだなと。今まで本当にありがとうね。人生は続く。